ひかれるワケには

どうしても気になって引きずるようなことには
やっぱりワケがあるんだけれど、
気になる「部分」にクセのある見方でとらわれていると、
そのことが示してくれている大事なメッセージを
みすみす、見逃してしまいがち。



たとえば、どうしても気になるお店があったとする。

自分にとって意味がありそうなタイミングで、
何度も、前をとおったり、
イベントのお知らせをどこかでみたり、
特別な人の口から店の名前が出たりするのに、
なぜかいつも店は閉まっていて、
イベントは、どうしても行けない日ばかり・・・。


そうなると、ますます気になって、
無理矢理、ややこしい予定調整までして、
イベントに合わせようとしてみたりする。
それなのに、その日に熱が出たりしちゃってさ。


いや、あんまり、なさそうな例だったかもしれないけれども。


そんなとき、その店がどうしても気になるのは、
店に行くことが必要なワケではないのかもしれない、ってことなんだ。


その店と関連する
自分の持ち物を見なおすことかもしれないし、
その店をすすめてくれた人との関係性が
ポイントなのかもしれないし、
その店と同じようなことを
自分も、自分なりの形で表現する必要があるのかもしれないし。
あるいは、気になるけれど、
本当に大事なことは別にあって、
その店に象徴される何かへの執着を断ち切ることが
必要なのかもしれないのだ。


縁があれば、どうやっても、
いつか必ず、店は開く。
へんな力は抜いて、無理矢理つかまえようとしなければ。
自分に必要な形で、ほど良い距離感で、
関わることになる日がきっと来る。


大切なのは、
今、開いていない店をいつまでも気にすることではなく、
今、目の前にある、触れられる物事に、心から向かうこと。