説明グセ



「説明は誰も読みたくありません」
という、とある講師の言葉を思いだした。
そうとう前に、仕事がらみの講座に出ていたときのこと。


感じたことを表現するのに、
説明しようとしてしまいがちなのは、
なぜかといえば、
それは、学校教育のたまもの。



いまでも、教室のようなところにいると
つい、そういう姿勢になりそうになる。


感じたことや、こころが動いたことを伝え、
共感をよぶには、くどくどと説明しては台無し。
それぞれに違う感性に響く余地は、
説明からはうまれない。



感じる力が強ければ強いほど、
表現で出力しなければ苦しくなる。


子のことも、自分のことも・・・
ここにもくり返しメモしているテーマ、
「エネルギーの流し方」について、
母子ともに信頼している親子教室の先生の言葉で、
また出会ったよ。




いろいろな表現の方法があり、それは、
観念にしばられない関係と場のなかでは、
なにも考えなくても、できていることだったりする。


ちょっとした視点の変換で、
それが他者にも届き、受け入れられ、ひろがっていくということ、
教育では、育児では、そういうことをみせられるといい。
さらに気持ちをあらたに・・・。