みることへの気づき



ボウズが夜中に咳き込んで
寝息が静まるまで手を当てていたら
眠れなくなった。


その暗闇の中で、
ちょっと気づいたことをメモしよう、と
携帯電話を開いたんだ。
バックライトだけで大丈夫だろう、と思った。
それで手もとと画面はみることができたからだ。


でも、ダメだったんだ。
やっぱり周囲もみえていないと。
なんだか、ひと文字もうつことができなかった。
気持ち悪い感じで。


なんでだろう、と思ってハッとした。
一点集中じゃダメなときってあるんだ、って。
俯瞰の視点というか・・・
それよりもっと、ぼんやり眺めることの
大切さにきづいたよ。


なにか一生懸命になったり
陥ってしまったりで
ぎゅ~~っと、ひとつのことばかり気にしていると
なぜか、考えはその芯のところから離れてしまったりする。
緊張すると、集中しすぎて固まると、
ほんとうは備わっているいろいろな機能が
働きづらくなるんだね。


みているときも、眼だけでとらえているわけではない。
きいているときも、耳だけでとらえているのではない。


カラダ全体で感じられるように
カラダを解放すること。
じっとカラダを “ すます ” こと。
ぼ~っとするってすごいんだ、って。


海や空や木漏れ日をながめると
細かいことが考えられなくなって
色や光、風やらを心地良く感じたりする。
その状態になると、
今度は、動きやすくなる。


そしてやっぱり、気づきは、
そんなふうに緩んだ状態になって、
動きながら浮かんでくるのかも。