ヒマなんだよ!



ヒマをもてあますと
大人も、子どもも、
ロクなことをしない。


ロクではないことをみかけると、
その裏の ヒマ が
におってくる。


ヒマは、
もてあますものでなく
満喫するものである。


ヒマを満喫する能力が
シアワセ能かもしれない。
ぐらいだ、と
今、書きながら想う。


大人のロクでもないことは、
閉鎖された空間の噂話だったりする。
自分中心の、疑心暗鬼だったりする。


それが、子どもの
ロクでもない、
を生むことも多い。


そこにあるものから
イイネ!を見出すことが
どれだけできるか。
どれだけ
びろ~~~ん、と
のびていられるか。


ヒマ満喫力は
持っていなくとも
磨けるものである。


しかしそれを磨くには、
ヒマにのっかる
図太さがいるかもしれない。
そして図太さも
磨けるものである。


なんでも、
能力は磨くものであって、
くっつけるものではない。


磨いたあとにやってくるものでなく、
磨くことそのもの、
つまり、今、を喜べないと、
今、に没頭できないと、
何をくっつけても、
何をもらっても、
いつまでも不安は消えない。



ただ、
気がつけば
いつの間にか
磨いているにもかかわらず、
目にみえる見返りや
わかりやすい成果や評価が
得られないからといって、
頭が、
その磨いている自分を
全く受けいれて認識していない、
って人もいそうなんだ。


そんなに人生たのしんでるのに?
っていう。



そういう人をみかけて、
もし、
惜しいな、って感じたら。


やることは、
説得ではない。


説得にはまだ愛があるが、
自分はわかってるつもりの説明は、
きっと、もっと、届かない。



じゃ、一緒に満喫しましょ、っていう、
呼びかけと、つくりものでない笑顔。
共にそっちにいましょうよ、
わたしはそっちが好き、
あなたはいかが? っていう、
意思表示と行動だけが、
わたしにできること。