バランス



あれもこれもまんべんなく、ではない。
数種の違う色を、同じ量ずつ合わせ持つ、というようなことでもない。
光と陰、光をみた分だけ、陰をみるわけでもない。


このカラダで、この世に存在するということは、
たくさんのものとつながっているということ。




すぐ目の前にいる相手から、何かを感じて、
そこから、何かを働きかけたくなったとしても。
その相手ばかりみて、反応を求めなくていい。
そこでなにか感じ、気づいたことは、
どうしたって、自分を通じて
やがて何かの形で外にでていく。


Aさんから感じたことは、Aさんに役立つのではなく、
べつのところで出会うBさんに役立つかもしれない。
そのために、AさんとBさんの間にいる自分が、
一時的にその情報を保存しているだけかもしれないのだ。


ただ目の前の相手や環境を変えようとしても、
何も変わらない、とは、
そういうことなんじゃないかな。
まわりの状況が何も変わらないようにみえても、
自分が変わることもできる。
自分から変える、のではなく。




自分のカラダと心のバランス、カラダの中でのバランス、
自分と他とのバランス、置かれている環境とのバランス、
そしてもっと時間も空間も超えたような中でのバランス、
そのどれもが、流動的に、交わり合い、変化しながら、成立っている。
それぞれが個別にバランスをとっているわけではなくて。


もしバランスが崩れていたとしても、
たとえば、隣にいる誰かが青に傾いているから、
自分が黄に傾いているということもある。
それで自分が偏りを感じなければ、それでいいのだ。


偏りを感じたなら、気づいたなら、
まずはただ、味わえばいい。
感じつくせばいい。
それもまた、まわっていくものでしかない。
感じた何かは、自分を通して運ばれる。
それが誰かに、何かに必要であれば、
勝手に引き寄せられてそっちのほうに流れて行くだろう。