育てて、いただく



どれだけどうしたか、
ということが

自分にもどってくる。


どう育っていきたがっているか

その方向性を感じとって

その方向に気をあわせて
手をそえるように

どのぐらい働きかけ、
どのぐらい放っておくか。


そういう試行錯誤の過程も
きざみながら

火・土・水・風をうけ

それは形づくられる。


その、記録の塊のようなそれを、
自らのとりこみやすい状態に変化させる
料理というシゴトをほどこして
もう一度、自分の中にとりこむ。

そうしてやっと、
その過程の働きが
消化されてゆくのだ。