わかっていて、わかっていない、のサポート



『オレの長年の経験で、平気だから!』

うん、確かに
君に、ひとかどの経験があることは
全身からにじみでているよ。

君ならば、そのまま
身に任せて先に進むことを
ちょっと離れて
みていてもいい。

そんな姿をみているのも
なかなか気持ちのよいものがあるよ。


真っ白な雪と
葉を落として春を待つシンプルな木と
その木に抱きついて
スルスルと目線の高くなる君と。

それは、ひとつの
バランスのとれた
風景だったよ。


けどね、君さっき、
思いっきり、
枝を折ったんだ。

すっかり水分がとんでしまった
なかなかに太い枝を!

君の経験があったから
あの枝と共に転げても
なんともなかったけどね。


それは、ほんのひととき、
すべての大人と子どもの目が
君に向いていなかった時に起きた。


これでまた
君の経験は増えたんだ。

思い出したよ、
君には、
どんな風に木登りの経験があるかを。

それを、毎年、
同じ時期に同じ場所で
繰り返していることを。

その経験は積み重なって
とても大きなものになっている。
足を置いた感触で
木の状態を感じるほどに
それは熟練してきている。


ただ、それは、
いつも夏だったんだ。
君は、冬の森は
夏ほどには
知らなかったんじゃないかな。


折れた枝の音で
たくさんの大人が気づいたとき、
誰も君をとがめなかった。

君は自分で
折れた枝を引きずって
持ってきた。

長さにして、
3メートルはあっただろう。

その場を管理してくれている人たちは、
燃料にするからそこに置いといて、と言った。

それだけだった。


わたしは、子どもたちが
なんとなく見えない方に行ったことに
背中の後ろで気がついた。

これも、経験の積み重ねだ。

枝が折れたのは、
わたしが視線と足をそちらに向けるまでの
ほんの一瞬の隙間に起こった。

だから折れる瞬間は、みていない。


その後の君をみていて、
どのようにその枝が折れたのか
想像できた。

真似をして
同じように登ろうとする
他の、経験のない子どもたちに
どんな風に接したらいいか、
ということに
つなげることができた。


君も、わたしも、
わかっていて、わかっていない、
という経験を
またひとつ重ねることになった。

すべてを許してくれる
冬の森と、木と共に。
その場をあたためてくれている
人々と共に。


育む、ということ。